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本と、その他諸々のこと。理系的なこと。

読書録10.5: 「気候文明史」田家 康

昔読んだ本を再読。

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前読んだのが13年前ともなると、覚えてなさにビビる。人生とは忘れること…知識の拡張を目指すオタクにはつらい現実だ。これが怖くて、最近は論点まとめをブログに上げている。知識の定着と、あとで要点を読み直すのにすごく役立つ。

特に感銘を受けた部分はそれでも覚えたし、自分の中で常識レベルに定着してることが「そういえばこの本で知ったんだった」と思いだしたりもしたし、そうぜんぶ忘れるってわけでもない。知識水準の底上げにはやっぱり読書しまくるしかない。

これはもう忘れたくないところを、まとめて列挙。

 

120,000年前 エーミアン間氷期(温暖)。出アフリカ

90,000年前 短期的な寒冷化。出アフリカ組全滅

85,000年前 出アフリカ2

74,000年前 トバ・カタストロフ。インドネシアのトバ山が大噴火し、火山灰が地球を覆い強烈な寒冷化。その後、暖かくなるでもなく氷河期へ突入。人類が1万人くらいにまで減る。服を着るようになる。

~15,000年前 最終氷河期。ドイツ南部でもツンドラやステップ気候、北米にニューヨークあたりまでの巨大氷床(ローレンタイド氷床)。海水が凍ったぶん海面水位が下がる。ユーラシア大陸とアラスカが地続き。日本も大陸~樺太~北海道~本州~四国~九州が全部地続き。陸を歩いて人類が拡散した。

15,000年前~ 温暖化。ローレンタイド氷床が溶けて北米中央にアガシ湖を形成。

12,900~11,600年前 短期的な寒冷化=ヤンガードリアス・イベント。原因はアガシ湖の決壊かも。北極付近の塩分濃度が低下→海氷面積増→アルベド増。塩分濃度低下が北大西洋の暖流の北上を遮ったかも。
メソポタミアで農業が始まる。寒冷化で食料が減ったことがきっかけかも。

11,500年前~ 現代まで続く長い温暖期へ

8,200年前 8200年前イベント。アガシ湖また決壊による短期的寒冷化(ヤンガードリアスほどではない)

8,200~5,500年前 気候最適期。最近の温暖期の中でも特に温暖な時期。氷河が溶けて水位が上がる。日本では「縄文海進」、親潮日本海流入、モンスーンも吹きだして現代の温暖湿潤な気候に。

7,600年前 海水面上昇で、淡水湖だった黒海に海水が押し寄せ水位が急上昇。湖畔の村を飲み込んだはずで、ノアの洪水の元ネタかも?(この説、超好き)

5,500~5,100年前 寒冷化=ピオラ振動。シュメール人がユーフラテス川下流へ移動。干ばつ対策で灌漑農業を始める→管理者が必要で階級社会に→都市国家を形成。

5,000年前~ 徐々に寒冷化。気温は上下しつつも全体としては現代へ向けて下降を辿る。
氷河期対比ではだいぶ温暖ながら、ときおり100年程度の干ばつを伴う寒冷期が訪れ、歴史を動かす。国が滅ぶ、民族移動など。贅沢な食用家畜の禁忌、思想家の登場、なんかもこのタイミングが多くて面白い。

4,300年前~ 寒冷化。シュメール文明滅亡、エジプトで古王国→第一中間期の混乱。豚の食用禁忌。

3,500年前~ 寒冷化。ミケーネ文明滅亡、ヒッタイトvsエジプト大戦争(カデシュの戦い)の後、ヒッタイト滅亡。

2,800年前~ 寒冷化。 中央アジア遊牧民の拡散→ヨーロッパに馬が広まる、北欧のゲルマン人ライン川まで移動。周→春秋戦国時代、渡来人が日本に稲作を伝える。牛の食用禁忌。バビロン捕囚。釈迦、孔子ソクラテスアリストテレス

2,200年前~ 温暖化。パックス・ロマーナ

AC 200年~ 寒冷化。ゲルマン人の大移動。倭国大乱。

AC 535年 世界中で短期的・急激な寒冷化。巨大噴火があったかもだけど不明。寒冷化するとペストが流行する。餌がなくて動物も減った状態で温暖な気候が突発すると、まずネズミが爆増するので。ヨーロッパでペスト流行→東ローマ帝国弱体化→フランク王国イスラム帝国拡大。

AC 800~1,200年頃 中世温暖期。ヨーロッパの発展。平安時代

AC 1,200~1,800年頃 小氷期太陽活動が低下し黒点減少。特に寒かった時期は以下4つの極小期。
①AC 1350年頃 ウォルフ極小期。ヨーロッパで食人、子捨て→「ヘンゼルとグレーテル」の世相。ペスト世界流行。イングランドvsフランス100年戦争。
②AC 1,500年頃 シュペーラー極小期。魔女狩り。飢えた狼が森を出て街へ→「赤ずきん」の世相。日本は戦国時代。
③AC 1,680年頃 マウンダー極小期
④A.C.1,800年頃 ダルトン極小期。フランス革命、ナポレオンが冬将軍に負ける。

A.C.1,900年頃~現在 CO2による温暖化。

読書録23 進化する地球惑星システム

「地球惑星システム科学」というのは、地球物理、地質学、地理学などなどひっくるめて、地球に起こってる現象を俯瞰して理解しようとする分野のこと。最先端の物理学が素粒子から宇宙までを説明できたとしても、多体系は複雑怪奇で、地球ほどの規模ともなればもう原理から説明なんてムリ。そこをなんとかしようというのがこの学問で、目に見えるこの地球を理解しようというのはある意味、今一番面白いんじゃないか。

東大の地球惑星科学専攻の先生方が書いた、学部生向けの教科書というか副読本。雑学好きの読書にしては娯楽要素がなく無骨ですが、情報はみっちりで興味があるなら楽しめる。

 

以下、覚えておきたい内容を抜粋。

・太陽系、地球の成り立ちから地球の組成が理解できる。例えば、CとOはまず安定なCOを作り、余ったものが金属元素と結合する。Oが余れば酸化物、珪酸塩系の岩石質な組成に。炭素が余れば炭素質に。恒星周囲のC:O比率で惑星の組成が決まる。

・H2Oを液体として大量に保持し続けるには、温度の他、気圧、重力などかなり微妙な条件が揃わないと難しい。温度は太陽からの距離だけでなく、大気組成の温室効果ガス比率とかも大事。

微惑星が衝突を繰り返して惑星ができる。衝突による熱エネルギーは凄まじく地球の最初は表面の岩石が全て溶けたマグマオーシャンになっていた。今でも地球内部は溶融状態にあり、地球の歴史は冷え続ける過程の歴史である。

・地球コアは今も溶けた鉄。コアの熱はマントルの対流で運ばれ、徐々に放熱している。最外層は固化しプレートになっているが、プレートテクトニクスは火星や金星では見られず、当たり前ではないらしい。成立条件はまだ不明。

・地球の気候には 無氷床・部分凍結・全球凍結 の3つの安定状態がありえる。今は部分凍結、白亜紀は無氷床。全球凍結はまさかと思われてたけど、氷河性の堆積物が赤道から見つかったりして、マジでなったことがあるらしい。スノーボールアース

・3度のスノーボールアースの直後にカンブリア紀がくる。偶然にしてはできすぎで、生物進化を促進させた可能性あるが、詳細不明。

・回転体は慣性モーメントが最大になる向きに回転軸に対して動く。地球も洪水玄武岩の噴出などで変形すると、球がグルンと回ることがある。真の極移動。(公転面に対する自転軸の向きは変わらない)

・真の極移動が起こったのはカンブリア紀で、これも偶然とは思えない。この時期の石灰岩の炭素同位体比率にメタン大量放出があったと読める異常があり、真の極移動でメタンハイドレートが分解して温室効果で温暖化し、生化学反応が活発化した、と仮説がつけられる。

・コアの溶けた鉄の対流で地磁気ができる。ダイナモ作用。対流の具合でわりと簡単に地磁気は逆転する(1.65億年で300回以上)。この変動に影響するのはマントルの対流モードによる熱の移動。コア側と表層面が別々の2層対流か、両者がつながる1層か。

氷期間氷期は周期的にくる。周期は2万年と4.1万年と10万年の3つの周期がある。自転軸の歳差運動、自転軸の傾き、公転軌道の離心率、がそれぞれ原因と推定。ミランコビッチ周期。

読書録22 大栗先生の超弦理論入門

わたし物理学科卒だけど物理学にも色々あって、専攻でもなければ超弦理論は触れずに終わる。興味で概略を知りたくて読んでみた。

ブルーバックスに珍しく縦書きのタイトルには、数式を極力使わずに説明するという意図が込められているそうだが、その意気にそぐわぬ素晴らしい内容だった。わかんないなりにわかった気にさせるというか。研究者たちの熱意と発展のストーリーを追うだけでも楽しく読める。学生が数式でじっくり勉強にしても、こういう本で道筋を見てからのほうが絶対理解しやすい。以下、要点まとめと言うか自分のための備忘録。

素粒子を大きさのない点と捉えると自身の電磁場の影響で質量無限大になる。有限の大きさをもたせる手段として、素粒子を弦と考えて、弦の振動モードが素粒子の種類だと理解するとよさそう。弦理論。

・もともと素粒子論(電磁気力、強い力、弱い力)と相対性理論(重力)を同時に扱える理論がないという課題があったが、弦理論だと端のある弦で光子、端のない環状の弦で重力を表現できるので、統一理論の候補に。

・ここまではボソンだけの話。フェルミオンを表現するには、二乗すると0になるグラスマン数を座標に導入した超空間を考える。それが超弦理論

・超空間での回転対称を考えると、フェルミオンとボソンの間に超対称性が想定される。まだ見つかってないスーパーパートナー。

・光子を質量0にできるのは、弦理論では25次元、超弦理論では9次元のときだけ。この証明には 1+2+3+4+…=-1/12 というきしょいオイラーの公式を使う。

・位相をずらしてもいいゲージ対称性の、位相を4次元にすると電磁気力・強い力・弱い力を全部表現できる。

・それでもアノマリーがあったが、ゲージを32次元の回転対称性にすれば相殺される。

・6次元のカラビ-ヤウ空間を使ってコンパクト化すると9次元の超弦理論を3次元空間に落とし込める。

超弦理論には5つ形式があったが、素粒子の基本単位を1次元の弦から2次元の膜に拡張することで、相互に双対性があると説明できる(双対性のウェブ)。5つの超弦理論の背後に更なる統一理論(M理論)があると期待。

素粒子はもはや1次元の弦である必要もなく、p次元のp-ブレーンで表現できる。

・膜(2-ブレーン)が閉じた弦(1-ブレーン)を切り開くと、開いた弦の端点が膜に張り付く。ブラックホール表面の分子をこの形式で表現できる。

・マルダセナのホログラフィー理論で、ブラックホール表面が説明できれば内部まで説明したことになる。上記と合わせればブラックホールを記述できる。

・次元があまりに容易に増減するので、温度が分子運動の結果であったように、次元もまたもっと根源的なものの帰結であるのやもしれぬ。

 

素粒子物理の読み物では、もっと背景知識から最先端まで広い範囲を扱うランドール博士のもいい。

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でもこっちはこれは扱う範囲が広すぎで、超弦理論なんか1章だけだし、概略すぎて食い足りなかった。まずランドール博士を読んでから大栗博士を読んで、それからガチの教科書に取り組むのを、物理学部の学生に推奨したい。

肉の調理に関する科学、およびBBQ

料理は科学実験だ。特に肉。肉が好きな理系人間は肉料理をすると人生が豊かになるよ。

とっても素敵でお勧めの本です。ここから肉に関する要点を抜粋しましょう。

肉の加熱とは、たんぱく質を熱変性させることである。熱変性すると、立体構造内に包み込んでいた水分が保持できなくなる。肉の主成分は「ミオシン」と「アクチン」の2つで、熱変性する温度は両者異なり、ミオシンは50℃以上、アクチンは66℃以上だ。加熱前の生肉の感触はブヨブヨと噛み切りにくいが、加熱してミオシンが変性すると、歯切れのいい食感になる。更に温度を上げてアクチンまで変性すると、水分を失いすぎて固くパサついた食感になる。よって、肉の最適な調理温度は50~66℃である。意外と低いでしょう。

もうひとつミオグロビンというたんぱく質があって、熱変性は60℃。ヘモグロビンと似た名前から察せられる通り肉の赤さの素になっていて、これが熱変性すると赤さを失い、灰色になる。だから、変色するかしないかぐらいが美味しいという経験的な基準は実に正しい。

どうですか、理系ゴコロをくすぐる話じゃないですか。

それではと実践してゆきたいところですね。しゃぶしゃぶとかの薄い肉なら簡単で、色が変わったら引き上げればいいのです。でもある程度大きさのある肉だと、これはなかなかの難題です。調理では外から熱を加えるしかなく、肉の外と中で温度勾配ができるわけで、たった16℃の狭い適正温度範囲に肉全域を収めないといけないワケですから。大きな塊肉の場合は特にそう。ローストビーフとか、叉焼とかね。この課題を確実にクリアするには、オーブンを150℃以下の低めに設定して待つのが伝統的なやり方。近年ではもっと完璧に所望の温度に仕上げるテクニックとして、湯煎する方法が登場した。60℃にキープしたお湯に漬けてずーっと待ってれば、当然肉全体が60℃になる。巷で話題の低温調理器というやつ。

でもこれ、高いよね。(最近はアイリスオーヤマとかも出してて、だいぶ安く手に入るようになってきたのを、この記事を書いてて知った…けどね!)いかにも大げさだし、今まで手を出さずにきたんだけど、これとは全然別の低温調理系のガジェットを、もう持ってたことに最近気がついた。

それがこちら。

BBQ用のグリルである。日本人はBBQというと屋外で焼き肉をするものだと思ってるけど、本場アメリカ人が言うBBQとは、塊肉を弱火でじっくり長時間加熱する調理なんだそうだ。私は見た目だけでこれを選んでいて、フツーに焼き肉に使っていたのでしたが、Youtubeで正式な使い方を知りました。カーメン君ありがとう。フタ、飾りじゃなかったんだねー


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そんなわけでBBQグリルによる低温調理にチャレンジしました。その様子は、また記事にしていこうと思います。

読書録21 神道と古代日本の勉強本いろいろ

 古代日本は文字がなかったせいで謎だらけ。断片的な中国の記録くらいしか確実な情報がない中、古事記日本書紀などなど神話の中にもいくばくの現実が反映されているだろうと研究されているものの、そんな曖昧な論拠では推論を事実と断定するのは難しい。まぁ、わからないからこそ想像するのが面白いというものでして、古代に思いを馳せるのはロマンなのだ。
旅行で宇佐神宮に行った余波で気分が盛り上がって、関連図書を一気読みしてみたので記録する。願わくは、一つだけ読んでそれが真相に違いないなどと感化されませんように・・・

 

逆説の日本史〈1〉古代黎明編―封印された「倭」の謎 (小学館文庫)

 

●論点ピックアップ

・邪馬台は中国語ならヤマトと読める。大和朝廷の源流に違いない!

卑弥呼は日巫女。皆既日食で民衆の信用を失って殺され、別の巫女トヨ(台与)にすげ替えられた。天の岩戸神話はこの話。

・国譲りは大和朝廷の征服を、「話し合いで譲ってもらった」ことにした話。オオクニヌシは無残に殺されたので、祟りを恐れて立派な出雲大社に祀られた。出雲大社内のオオクニヌシが拝殿の方を向いてなかったり、拝礼の所作が「二礼四拍手一礼」なのも、崇拝より封印が目的の社だから(四=死の類推)。

宇佐神宮も二礼四拍手一礼。実は二の殿の比売大神というのは卑弥呼(=アマテラス)で、これも殺しちゃったから祟りを恐れて、立派な社に祀っているのだァーッ!応神天皇神功皇后の強力コンビで封印しているに違いない!

 

●感想

・日本古代史関連では初めて読んだ本。断片的な情報をうまくつなげてストーリーを仕上げるのは、推理小説のような面白さがある。ド素人の私に興味を持たせてくれたキッカケではあるが、多少知識のついたあとで読み返すと、素人が好き勝手ブチ上げてるだけなのがわかって恥ずかしい。

・素人でも指摘できる齟齬がある。例えば宇佐神宮のくだり、応神天皇が八幡さんと習合されたのは後世の話なので、この論はおかしい。また、序盤では卑弥呼は民衆に殺されたって言ってたのに、途中からオオクニヌシ同様に征服で殺されたって話になってるし。

・ちゃんと言えばアラはいくらでもある。読みやすく印象的で、人に興味をもたせるという側面ですごく価値があるのは認めるものの、これだけ読んでへーと言って終わってしまう人も多いだろうし、価値の総計はほんとにプラスになってるのかなぁ、心配だ。

 

  ●論点ピックアップ

・アマテラスといえば皇祖神であり神道最高神。でも天皇家が伊勢に参拝するようになったのは明治以降のことだ。古くは宮内に祀られてたのが災いなすので移されて、巡り巡って伊勢に行った。元々は武神でもあり、恐れられ遠ざけられたのだろう。ちなみに本地垂迹説では=大日菩薩さま。

八幡神は元々渡来人の神で、だから総本山は北九州の宇佐にある。後に応神天皇と習合して第二の皇祖神になり、京都石清水に勧進されると怖いアマテラスに代わって天皇家御用達の存在になった。八幡大菩薩なんつって仏教の神様にもなったし、ポピュラー度は最強。

・これらに次いで重視されたのが春日大社で、これは最強の貴族・藤原氏氏神さま。当時の権力構造が反映されている。

 ・国津神最高神オオクニヌシは別名がたくさんあるが、それっていろんな神話の集合体なのかも。また出雲大社の祭祀を担う出雲国造は、かつての豪族でありアマテラス直系の子孫ともされる生き神様でもある。これがオオクニヌシを祀っているのは変であり、謎。国造ご本人が祭祀の対象っぽいが??

 ・菅原道真公は祟りを恐れて祀られたのに、天神(=雷神)と習合して人気が出た。徳川家康公あたりから祟りと無関係に偉人を祀るようになったけど、こういうのは参る人も墓参り程度にしか思ってないので、他の神様とは趣が違う。ガチの神様は畏れを伴うのだ。

 

●感想

 知名度の面で主だった神道の神様&神社を紹介する本で、平安以降の日本人が神様とどう付き合ってきたか、という話がメイン。著者の個人的見解は控えめに、主だった神様の話題をさらってくれてるので、神道に関する入門には丁度よかった。昔の神仏習合ってすごく浸透してたらしくて、これは現代人にはない感覚なので新鮮。逆にいえば政府主導の神仏分離が見事に機能したって意味でもあって、それはまた凄いなって別のところで感心してしまったり。

 

大和朝廷 (講談社学術文庫)

大和朝廷 (講談社学術文庫)

 

 ●論点ピックアップ

・ヤマトの名の勃りとは。ヤマトという地名はたくさんあるが、かつて「ト」の発音には2種類あって、ヤマトのトと合致するのは畿内。九州付近は別のトなので畿内起源説が有力。

 ・三世記は魏志倭人伝邪馬台国の記録がある。その位置も書いてるが、素直に読むと九州通り越して南の海にたどり着く。読み方か書き方かが間違ってるぽくて、いろんな解釈で九州説とか畿内説とかが出たけど、この記録から断定するのは無理。

・四世紀は文字記録がない謎の世紀だが、畿内から古墳文化の発展が見られ、王朝成立の気配。記紀でいえば崇神天皇ヤマトタケルのころ。霊山・三輪山の祭祀権を獲得したこと(=オオタタネコ)によって三輪王権と呼ぶ。昔は祭祀権=政治だった。ちなみに三輪山周辺は山の合間で、語源としてヤマト感がある。崇神朝を北方系の騎馬民族による征服王朝とする説があり、示唆に富むが証拠不十分。

・五世紀、応神~の時代。応神前の系譜には政治的潤色の感が激しくて(神功皇后ヤマトタケル)、諡号の系列にも~イリヒコ→~タラシヒコと隔離があり、系譜の断続が懸念される。中心地も河内に移ってるし、別系統の王朝と思われる。よって以降を河内王朝と区別して呼ぶ。

 

●感想

上2つで紹介したのよりだいぶ学問として本格的に、古代日本史を考察するための主だった知識と論点をさらってくれる本。名のある学者さんが平易な文章で書いてくれたもので、私のイチオシです。拠り所になる文献の信頼性についても逐次議論してくれて実に理性的、これぞ見習うべき学問の姿勢です。あやしげな自説を他人に納得させるための本を書くような輩には、この本のシミでも煎じて呑ませてやりたい。それでも、この著者さんが個人的に支持する論というのはあって、それを事実と共通認識にすべきでもないので、注意は必要。考古学では客観性を担保するのが難しいのだ。(ちなみに著者さんの立場は、邪馬台国大和朝廷の前身で、その勃りは畿内であり、崇神・応神・継体の三王朝が交代したとする説をとっています)

 

日本の神々 (講談社学術文庫)

日本の神々 (講談社学術文庫)

 

  ●論点ピックアップ

イザナギイザナミは、原初は海の神だった。一方で記紀の神話はイザナギを天空、イザナミを大地の神として、天地の結婚による世界創造を意味しているようでもある。いずれが先行したか不明だが、後世では両者の要素は並存している。

・この二柱は元々淡路島周辺の海洋民の祀るローカルな神だったが、後にアマテラスの親神&世界の創造神にまで格上げされた。伝承の舞台が出雲やら日向やら広くなったのは後付け。

スサノオは、高天原にいるうちは聖地を冒涜する巨魔の役割だが、追放されてからは普通の人間的英雄に豹変する。元々別の話をツギハギして、天津神系と国津神系の橋渡しさせてるのかも。出生譚からして太陽と月の兄弟として出てくるのは不自然で、元々はいなかったのに割り込ませた感がある。というか、失敗作のヒルコの話がスサノオとすり替わっていると読むと、書紀の記載は非常にシンプルになる。

スサノオとアマテラスのウケヒで生まれた子は、天皇家の祖先アメノオシホミミの他にもたくさんいるが、どれも出雲やら宗像やら各地の有力豪族の祖先。みんな同じ系譜ってことにしよう、という政治的思惑が明確。

・皇祖神は実は元々タカミムスビだったが、7世紀頃に伊勢あたりで信仰されているアマテラスが割り込んできた。子でなく孫が降臨するのも、2つの降臨神話を無理につないだせいでは。

・天岩戸は冬至に弱った太陽が生まれ変わる儀式・鎮魂祭の説話化。続けて催される大嘗祭は、復活した太陽が降臨する天孫降臨の説話化。

記紀とは、既に存在していた多数の神話を、政治的思惑をもって高度なコントロールのもとに編纂したもの。この時既に、原始的な口伝の神話とは性質が異なるものに変貌している。

 

●感想

プロがプロ向けに書いた本で、私のごとき素人が読み切るには少々ホネだった。統一見解と個人的見解の区別はわかるように書いてくれてるが、参照する文献は国内外に渡りあまりに広範で、真偽を疑いながら読み進めるのは無理。膨大な情報の前にただうなずくのみ。

神話の原像に迫ろうというテーマは実にスリリングで、細部を読み飛ばしてでもその論旨を追う価値がある。もっと知識がついたら、もう一度読み返そうと思う。

 

アマテラスの誕生 (講談社学術文庫)

アマテラスの誕生 (講談社学術文庫)

 

   ●論点ピックアップ

・昔は神社に社はなかった。神様は天にいて、社に常駐するとされてなかったので。神様が地上に天降る手順もきまっていて、それは次の通り。この認識が、当時の文化風習を理解する上でとても重要。
 1.神様は船や岩に乗って山に降りてくる
 2.それから人が用意していた木(みあれ木)に憑依する
 3.人が川べりまで木を持っていくと、神様が川にもぐる
 4.巫女(棚機つ女)が神様をすくい上げる

・原始的な太陽信仰は各地にあった。「天照」の字でアマテルとよばれる男性神もちょいちょいいた。紀伊の太陽神信仰がある時期に官製の女性神アマテラスにすり替えられ、各地の信仰もアマテラスに統一されていった。

・時を追うと、巫女はよく神様と混同される。アマテラスが女性なのは、元々天皇家の信仰してた高木神の巫女だったから。よく2人セットで登場するのもそのせい。

・アマテラスが成立したのは壬申の乱の後。天武・持統の治世が胎動の時代で、持統天皇が退位した後が誕生の瞬間。神話の天孫降臨で、子でなく孫が天降るのは、持統天皇が孫(文武天皇)に王位を譲った経緯が反映されている。

 

●感想

自説を力説するタイプの本なので、批判的な視点がないのは注意ですが。古事記成立前の信仰形態って現代とは全然違っていて、そこを推測しつつアマテラス成立の謎を追う過程はなかなかに刺激的だった。アマテラスが作為的に作られたって説がそもそもホォーってカンジ。
特に最終章で描かれる、アマテラスの黒幕:持統天皇の心情なんかは、ちょっと学問じゃないんだけど愛情たっぷりな筆致で、ステキでした。

読書録20: 「生命 最初の30億年」 アンドルー・H・ノール

先日のカンブリア紀関連本の読み足し。

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今回読んだのがこちら。
「生命 最初の30億年」アンドルー・H・ノール著

生命 最初の30億年―地球に刻まれた進化の足跡

生命 最初の30億年―地球に刻まれた進化の足跡

 

地球ができてから今まで45億年、最初の生命の痕跡らしきものが見つかるのが35億年前、そして動物の化石が見つかるカンブリア紀が5.4億年前。この約30億年に渡る単細胞生物の時代を、フィールドワークの苦労も混ぜつつ概説する内容。進化の話と言えばカンブリア以降が主流のところ、その前に焦点を当ててるのは結構、貴重。

生物と言えばせいぜいイヌネコ、広く見ても昆虫がせいぜいの一般人にとって、「動物」と「植物」を並列の概念と理解するだけでも結構思い切ってるんだけど、実は「動物」「植物」とは別枠の生物もいっぱいいる。「菌類」「繊毛虫類」「粘菌類」とかがそうで、しかもここまで全部まとめて「真核生物」って概念で括れて、更にその真核生物と並列な概念として「原核生物」「古細菌」なんてのがいる。「動物」が生物全体のほんの一部に過ぎないって、結構ショッキングよね。こういうショックこそ科学の醍醐味ですよ。この本を読んで生物の黎明期を追えば、ド素人の生物の概念が塗り替えられること間違いなし。

終盤にはカンブリア爆発の謎解きにもページを割いてくれます。それもかなり饒舌に。たくさんの仮説と著者の意見をきっちり説明してくれるので、これを目当てに読んでもいいくらい。こないだのカンブリア紀勉強本紹介のエントリーに入れるべきだったな。

ややネタバレだけど、備忘録的に、紹介されてるカンブリア爆発関連の仮説をリストにしておく。

1.有性生殖の誕生で、遺伝子の変化が加速した。
 →有力そうだけど、無性生殖でも遺伝子の交換は結構起こってるので、決め手になるかは疑問。

2.刺胞生物門の誕生。その前にいるのはせいぜい海綿動物門で、多細胞のまともな捕食者はいなかった。積極的に捕食する生物の誕生が、淘汰圧を高めた。
 →「眼の誕生」と似てるけど、視覚の前にも淘汰圧が大きくなる段階がもう一つあった、って感じですね。こう考えると、あの本の結論はやや視野が狭いか。

3.そもそも爆発と言うほどのことは起こってない。条件がそろえば、生命の進化スピードは数千万年あればカンブリアンモンスターを生み出しうる。
 →そうかもしれない。ただ30億年起こらなかったことがここで起こったわけで、それまで足りてなかった条件とは何なのか?それが問題だ。

4.カンブリア紀に起こったのは無機質の骨格の獲得。それ以前もちゃんと進化してたけど、化石になりにくかっただけ。
 →そんなことはない。カンブリア紀には生痕化石も増大してて、形だけでなく行動様式も爆発的に多様化している。

5.エディアカラ生物群が大量絶滅して、天敵のいない生態系が一時的に発生した。その隙を突いて、生き延びた左右対称生物たちが一気に多様化した。丁度、恐竜の絶滅後に急速に多様化した哺乳類のように。
 →著者さんお気に入りの仮説。ただし、エディアカラ生物群が大量絶滅したきっかけは不明。個人的には、エディアカラ生物群が減ったのは、ただカンブリア紀チームに生存競争で負けただけじゃねーの?って気もする。

6.最初は酸素濃度が薄くて、生物が巨大化できなかった。必要な濃度に達したのが6億年前くらいだった。
 →有力。ただしこれは、カンブリアじゃなくてエディアカラの契機ですね。

 

色々考えるなぁ。面白い!地球システムにまで及んでるあたり、一昔前とは議論のステージがあがってるなぁって感じ。専門用語が説明少な目に連発したり、図の入れ方がちょっと不親切だったりするので、元々興味ある人向けの本ではありますかねぇ。

 

 

読書録19:カンブリア紀関連の4冊

先の記事に関連して、そもそもなぜカンブリア紀の生物に執着すべきか、を知るための本をご紹介する。

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まずもって、~紀、~紀とは、地層から発掘される生命種のまとまりで分類したもので、その中で最初に位置するカンブリア紀とはつまり、生命誕生の瞬間だ(と最初は思われた)。最初の生物種の増え方が唐突で急激だったので「カンブリア爆発」と呼ばれていて、なぜこうも多様化が進んだのかは進化論に残された大きな謎だったんですな。今ではかなり研究が進んでて、謎の解明に立ち会えるかもしれないのだ。本読んでちゃんと進展を追っていかないとね!


①「ワンダフル・ライフ‐バージェス頁岩と生物進化の物語」/スティーブン・ジェイグールド著

ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)

ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)

 

 まずは定番から。ノンフィクション科学系の鉄板にも挙がる有名作です。カンブリア紀の生物の、想像を絶する肢体と、その研究課程を、読み物として面白くまとめた本。読ませるようにできてるので、人に興味を持たせるには優秀。科学啓蒙に果たしてきた貢献も大きいですが、刊行が古いので最新の見解とのズレも増えてきてるし、ちょっとオススメしない。
もう少し苦言を言うと、面白くするために誇張が多い。未確定な説を事実のように描くきらいがあって、ちょっと科学的な態度ではないなぁと。進化論の解釈も独特で、環境への適応度とか度外視で生き残るのは運が良かっただけだとか自信満々にぬかすもんで、多少知識のある人間が読むと正直イライラする。生物分類にしても見つかった種の数だけ新しい門がいるみたいな説明をしてて、それは夢のある事だけど、今となっては嘘なんだよなぁ。

 

②「カンブリア紀の怪物たち」/サイモン・コンウェイ・モリス著

カンブリア紀の怪物たち (講談社現代新書)

カンブリア紀の怪物たち (講談社現代新書)

 

 著者のサイモン・コンウィ・モリス博士は、カンブリアン・モンスター研究者の第一人者で、御自ら研究が進展してきた経緯を概説してくれる本。新書であることからお分かりのように、知らない人向けの本。
科学者らしい静かな情熱を感じさせる、でも冷静に事実だけを述べる文章で、前述のワンダフルとは対照的。この本の中でワンダフルライフにもかるーくですが言及してて、批判的な言葉を記しています。カンブリア紀関連の本を初めて読むなら、僕はこれを勧めます。
ただ、一般向けに徹してるので、生物種の紹介は代表的な所だけ。その分類をどう考えるとか、僕が期待してたところはあんまし説明なかったので、ちょっと食い足りなかったですが。


③「目の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く」/アンドリュー・パーカー著

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く

 

 カンブリア爆発の謎解き本。って、タイトルで結論は全部言ってんだけどね。目が決め手だったってこと。
眼が、捕食者の獲物の探しやすさを増強する→被・捕食者は食われない努力をする(装甲の強化、土に潜る、早く逃げる、等)→それでも喰う努力をする(歯の強化、探知能力の強化、もっと早く追う、等)の繰り返し。眼が誕生したことが淘汰圧を加速し、あとは軍拡競争よろしく変化を加速した、とういう説。
シンプルな説だが、読み終わってみれば圧倒的な説得力だ。え、もうこれで決まりじゃね?反論する奴いるの?なレベル。いまだに確定ではないようですが、少なくとも、淘汰圧が強化される大きな一因だったことは間違いないでしょう。生存競争の理解が深まる、読むべき本ひとつ。

 
④「エディアカラ紀・カンブリア紀の生物」/土屋健著

 もうすぐ白亜紀までたどり着く、古代生物説明シリーズの第一弾。全ページカラーで化石の写真と復元図をキレイに載せていて、図鑑としても楽しめる。最近の出版なので、現時点での最新の研究状況が反映されてるのが良いところ。分類の仕方とか、バージェス以外の発掘状況とか。やっぱアノマロカリス節足動物のはしりって理解なんじゃーん。
なにせ図鑑に近いので、元々興味がないとちょっとつまんないかも?浮ついたところのない、科学の眼で解説してくれてるので、僕は好き。

 

(追記)
爆発の謎解きは、アンドルー・H・ノール著「生命 最初の30億年」に詳しかったりします。以下でご紹介しました。