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漫画「H2」 ラストの解釈について

今更かつ唐突な話題ー
あだち充代表作のひとつ、「H2」について。 

この漫画、終盤は説明が極端に省かれているのでけっこう読解力を要求されます。ネットのブログレベルでは解釈について意見が割れてるので、決定版(俺なりの)を記しておこうと思い立った。ここまで解説するのはちょいと無粋ですがね。

33巻から始まるラストバトル・千川vs明和一戦は、一見ひかりを賭けて比呂&英雄が争っているような構図だが、これはミスディレクション。ひかりが英雄を選び、比呂が古賀ちゃんを選ぶことが、試合前に既に決定している。試合は比呂とひかりが気持ちに整理を付ける儀式のようなもので、しかも、整理がつくのは比呂が勝ったときだ。ただひとり英雄だけが、勝者がひかりを得ると思っている。
比呂とひかりの真意を伏せたまま試合が進行して、最終話で開示するのがどんでん返しになる、っつー構造だ。

これを信用してもらうためにまずは、比呂が古賀ちゃんを選ぶつもりである証拠として、以下2つのシーンを確認してください。

26巻
168p 比呂「I love you ちがうか?発音。」→古賀ちゃん「ううん。十分通じるよ。」
照れ隠しのおまけがついてるが、あだち作品らしからぬ強い言葉を発する比呂。十分コクってる。

31巻
166p 比呂「古賀。長生き ― しろよな。」
ひかり父の発言「長生きする嫁さんをもらえよ。」を受けて、比呂が古賀ちゃんに発する言葉。もはやプロポーズ。

 

あだちマンガの主人公が、ここまで言っといて翻意するのはナシですわ。あとはこのセンで、33巻以降の主な意味深描写を咀嚼してゆきましょう。この方針で全部まるっと余さず説明付きますから。

 

33巻
36-37p ひかり→比呂「がんばれ 負けるな。」
口先だけでいいからと応援をせがむ比呂、本当に口先でしか言えないひかり。ひかりが英雄を選ぶことを悟る比呂は、無理に言わせたことを謝る。ここは特に多義的で意味を読みがたいですが、あとで古賀ちゃんに同じ言葉を言ってもらうくだりと併せれば、こういうことかと。

75p 比呂→野田&英雄「おれはひかりのことが大好きなんだぜ。」
野田は口を滑らせたことを気にしてて、比呂がわざと負けることを心配してる。そんな野田を安心させるために比呂が言う。ただ、嘘ではない。ついでに英雄に聞かせて、真剣勝負を煽っている。額面通りに取ると他の読み方が全部変わってしまうが、これは読者へのミスリード

98-108p 比呂VS英雄の第一打席
高速スライダーによる三振、振り逃げ。比呂の勝ち。
意外にもストレートオンリーの真っ向勝負を避けたことに、割に合わないからと言い訳する比呂だが、らしくない。

151-152p 英雄「わかってねぇな。まだ明和一の本当の打線の力が。」→比呂「わかってねえのは ― お前だよ」
英雄は野球の話をしてるが、答えた比呂は二人の勝負にひかりを賭けた英雄の行動について言っている。最終話の英雄の言葉「おれは・・・何もわかってなかったのか・・・」にかかる。

164-170p 第二打席
意表をついたスローボール×3、三振。比呂の勝ち。
時間稼ぎして、走りつかれた比呂を気遣う英雄。しかし、比呂は容赦なく裏をかき、徹底的に勝ちにこだわっていることを明示する。

187-188p 「いつもの国見じゃねえな。楽しんでねえんだよ、あの野球大好き少年が ― な。」明和一の監督独白
比呂はいつになく試合に勝とうとしている。なぜ勝ちたいのか・・・それが問題だ。

34巻(最終巻)
18-19p 古賀ちゃん→比呂「がんばれ。負けるな。」
疲れるわきゃないと言いつつ疲れてる比呂。いつもより疲れる理由は、ひかりの応援がなかったからだ。奇しくも同じ言葉で古賀ちゃんの応援を得たことで、比呂は持ち直す。

48-58p 第三打席
比呂は変化球中心の配球、英雄は敢えてストレートコースを空振りして真っ向勝負を要求するも、比呂はダンコ拒否。結果は長打コースの当たりだが比呂の超反射でアウトとなり、形式は比呂の勝ちだが、英雄は比呂を捉え始めている。

60p 雨宮おじさん独白「悪役に回ってるなァ、今日の比呂くんは。」
勝ちにこだわる比呂を、ひかりが欲しいからじゃないかのように評する。このへんから作者は真相を示唆し始める。

71p 野田「よかったな。もう一度英雄と勝負できるぜ。」→比呂「負けたら身を引くつもりだぜ、あいつ。」→野田「それがわかってるならいい・・・」
まだ気にしてる野田と、次も勝負に徹することを示唆する比呂。野田は、比呂が真っ向勝負でわざと負けることは望んでないが、勝負に徹する比呂をらしくないとも思っている。

74p 比呂「あまりおれを信用するなよ。」→野田「まかせるよ、おまえに―」
比呂は次も勝負に徹するかを決め兼ねている。野田は選択を比呂にゆだねる。

107p 明和一の監督「損得勘定で動けるような本能は、本物じゃねえやな。」
これは比呂の最後の球種選びに関わる伏線。

111p ひかり「やっぱり・・・想像できないなァ、負けたヒデちゃんは・・・」 
表面的には英雄が勝つことを期待している言葉のようだが、後に開示されることには、ひかりは英雄が負けるのを待っている。英雄と比呂との関係を整理するために。どちらの意味にもとれる、あだち流言葉選びの冴え。

115p 比呂「なれよな、スチュワーデス。絶対―」
古賀ちゃんのスチュワーデスの夢は比呂の大リーグ行きとつながっている。比呂からこれに言及するのは、実質の告白。最終イニング前、勝負の決着がつく前に言うことに意味がある。

117-118p 野田「本当に好きなんだな?ひかりちゃんのこと。」→比呂「ああ。」→野田「がんばれ。」
比呂がひかりを好きなのはやっぱり事実。野田の声援は、比呂がひかりを勝ち取ることか、諦めることか、どっちに向けたのか・・・

142- 第四打席
2対0のリードで2アウト、ホームランを打たれてもいい場面での第4ラウンド、ついにストレートで攻める比呂、捉えた英雄の打球は実質ホームランだが、不自然な風がファールにする。本来の野球の実力勝負はここで決着している。つまり、英雄の勝ち。ホームランボールを押し出した風は、誰かが意図したかのよう。ときおり言及された、野球の神様、あるいは運命ってやつの仕業なのかも。
比呂「ちくしょう・・・どうしても俺に勝てって・・・か。」
打ちとらないとひかりとの関係が清算できない比呂には、打たれたことを喜ぶ気持ちもあった。その誰かさんに毒づく。

最後の一球、比呂の選択肢は以下の3つ。
 ①ストレート → 真っ向勝負を継続、今度はいよいよホームラン。
 ②スライダー → 真っ向勝負から逃げる、打ち取れるかもしれない。
 ③他の変化球 → 第三打席で見切り済み、どうせホームラン。
勝たねばならないこの場面、比呂はスライダーを選ぶ。あとで野田が言う「スライダーのサインだったぞ?」はロジンバッグを三回投げる仕草を指してると思われる。

スライダーを確かに選んだはずだが、実際に投げたのはストレート。損得勘定を越えた本能ってやつの仕業か。

そして、打たれるはずのストレートだが、英雄のバットは空を切る。
比呂「あんな球・・・二度と投げられねえよ。」→野田「投げさせられたんだよ。だれかに・・・な。」
比呂の勝利を要求する誰かさん(=野球の神様的なもの)が実力以上の球を投げさせたのだろう。地力で勝るはずの英雄は敗れ、比呂の狙いは完遂された。

175-176p これが種明かしにあたる重要なページ。

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ひかり「いつも鍵を閉めてるものね。ヒデちゃんのその部分にわたしの居場所があるんだって。-だから、なるべくドアは開けておくようにって。」→英雄「比呂がそういったのか?」
次にひかりの「ううん」が来るが、これは英雄の問いには答えていない。上のひかりの言葉が伝聞形なのは、やはりそれを比呂が言ったからだ。
英雄が負けた時にこそ英雄にはひかりが必要。英雄とひかりの関係が確立されるには、英雄が負ける必要がある。また負かす役を比呂が演じることで、比呂とひかりの関係は終わることができる。だから、比呂は英雄に勝たねばならなかった。
言ったタイミングは、試合前日の「がんばれ、負けるな」の後でしょうな。こんな会話を試合前日にしてたってことは、比呂とひかりが二人の関係をきっちり終わらせることに合意してたってこと。
ひかり「比呂はヒデちゃんを三振に奪っただけよ。」
元々ひかりの行方は野球の勝敗に関わって無かった、どっちが勝とうがひかりは英雄を選んだってことを説明する言葉。この言葉の前に英雄は、比呂が勝つことでひかりを譲ったのかと邪推していて、ひかりの「ううん」はそれを否定している。なお、三振にできなければ比呂とひかりの関係が清算できなかったわけで、少し嘘。

179-180p すべてを理解し、なるべき形に収まるふたり。

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英雄「おれは・・・何もわかってなかったのか・・・」
これは前述のとおり、比呂の「わかってねえのは ― お前だよ」を受けてのこと。

185p 比呂「ちょいと大リーグまで - かな。」→古賀ちゃん「じゃ、スチュワーデスはわたしだ。」
こちらの二人も、然るべくなっている様子。比呂と古賀ちゃんが同じ夢を追うことを確認しあっている。

めでたしめでたしとっぴんぱらりのぷう。