読書録19:カンブリア紀関連の4冊
先の記事に関連して、そもそもなぜカンブリア紀の生物に執着すべきか、を知るための本をご紹介する。
まずもって、~紀、~紀とは、地層から発掘される生命種のまとまりで分類したもので、その中で最初に位置するカンブリア紀とはつまり、生命誕生の瞬間だ(と最初は思われた)。最初の生物種の増え方が唐突で急激だったので「カンブリア爆発」と呼ばれていて、なぜこうも多様化が進んだのかは進化論に残された大きな謎だったんですな。今ではかなり研究が進んでて、謎の解明に立ち会えるかもしれないのだ。本読んでちゃんと進展を追っていかないとね!
①「ワンダフル・ライフ‐バージェス頁岩と生物進化の物語」/スティーブン・ジェイグールド著
ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)
- 作者: スティーヴン・ジェイグールド,Stephen Jay Gould,渡辺政隆
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2000/03
- メディア: 文庫
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まずは定番から。ノンフィクション科学系の鉄板にも挙がる有名作です。カンブリア紀の生物の、想像を絶する肢体と、その研究課程を、読み物として面白くまとめた本。読ませるようにできてるので、人に興味を持たせるには優秀。科学啓蒙に果たしてきた貢献も大きいですが、刊行が古いので最新の見解とのズレも増えてきてるし、ちょっとオススメしない。
もう少し苦言を言うと、面白くするために誇張が多い。未確定な説を事実のように描くきらいがあって、ちょっと科学的な態度ではないなぁと。進化論の解釈も独特で、環境への適応度とか度外視で生き残るのは運が良かっただけだとか自信満々にぬかすもんで、多少知識のある人間が読むと正直イライラする。生物分類にしても見つかった種の数だけ新しい門がいるみたいな説明をしてて、それは夢のある事だけど、今となっては嘘なんだよなぁ。
②「カンブリア紀の怪物たち」/サイモン・コンウェイ・モリス著
- 作者: モリス.サイモン・コンウェイ,松井孝典
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1997/03/20
- メディア: 新書
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著者のサイモン・コンウィ・モリス博士は、カンブリアン・モンスター研究者の第一人者で、御自ら研究が進展してきた経緯を概説してくれる本。新書であることからお分かりのように、知らない人向けの本。
科学者らしい静かな情熱を感じさせる、でも冷静に事実だけを述べる文章で、前述のワンダフルとは対照的。この本の中でワンダフルライフにもかるーくですが言及してて、批判的な言葉を記しています。カンブリア紀関連の本を初めて読むなら、僕はこれを勧めます。
ただ、一般向けに徹してるので、生物種の紹介は代表的な所だけ。その分類をどう考えるとか、僕が期待してたところはあんまし説明なかったので、ちょっと食い足りなかったですが。
③「目の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く」/アンドリュー・パーカー著
- 作者: アンドリュー・パーカー,渡辺政隆,今西康子
- 出版社/メーカー: 草思社
- 発売日: 2006/02/23
- メディア: 単行本
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カンブリア爆発の謎解き本。って、タイトルで結論は全部言ってんだけどね。目が決め手だったってこと。
眼が、捕食者の獲物の探しやすさを増強する→被・捕食者は食われない努力をする(装甲の強化、土に潜る、早く逃げる、等)→それでも喰う努力をする(歯の強化、探知能力の強化、もっと早く追う、等)の繰り返し。眼が誕生したことが淘汰圧を加速し、あとは軍拡競争よろしく変化を加速した、とういう説。
シンプルな説だが、読み終わってみれば圧倒的な説得力だ。え、もうこれで決まりじゃね?反論する奴いるの?なレベル。いまだに確定ではないようですが、少なくとも、淘汰圧が強化される大きな一因だったことは間違いないでしょう。生存競争の理解が深まる、読むべき本ひとつ。
④「エディアカラ紀・カンブリア紀の生物」/土屋健著
エディアカラ紀・カンブリア紀の生物 (生物ミステリー (生物ミステリープロ))
- 作者: 土屋健,群馬県立自然史博物館
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2013/11/12
- メディア: 単行本
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もうすぐ白亜紀までたどり着く、古代生物説明シリーズの第一弾。全ページカラーで化石の写真と復元図をキレイに載せていて、図鑑としても楽しめる。最近の出版なので、現時点での最新の研究状況が反映されてるのが良いところ。分類の仕方とか、バージェス以外の発掘状況とか。やっぱアノマロカリスも節足動物のはしりって理解なんじゃーん。
なにせ図鑑に近いので、元々興味がないとちょっとつまんないかも?浮ついたところのない、科学の眼で解説してくれてるので、僕は好き。
(追記)
爆発の謎解きは、アンドルー・H・ノール著「生命 最初の30億年」に詳しかったりします。以下でご紹介しました。
生命大躍進展@国立科学博物館
今、上野の国立科学博物館で「生命大躍進」展やってます。
NHKスペシャルのタイアップ企画でして、人間ができるまでの進化上の大きなトピックスを追ういい番組でしたが、科博の見どころは兎に角、バージェス頁岩。レプリカでなく、生のバージェス頁岩。5億年以上も前の生き物を生で見れるなんて感動ですよ。
展示は時代順に並んでるので、最初は先カンブリア時代から。
生命初期の微生物の痕跡、ストロマトライト。凄いんだが…肉目で見ただけじゃ石だ。
エディアカラ生物群もいくらか来てた。写真はディッキンソニアの群れ。でも、軟組織しかなかった彼らの化石は、実態の残ってない印象化石なのでちょっと盛り上がらない。
そしてようやくカンブリア紀、お目当てのバージェス頁岩!
まずはピカイア、脊索にたどり着いた最古の生物。脊索、それは人間に至る唯一解。ほんの数cmと知識で知ってはいたが、実物見ると如何にも小さい。こんなん、ほんまに脊索あるってわかるんか。
おつぎはウィワクシア。ウロコ+トゲの奇態、本で見たまんまだー。構造色を放っていたというが、さすがに今は片鱗も見えない。
ハルキゲニア。最初思ったのと上下も前後も違った変ないきもの筆頭のハルキさん。ちっさすぎて変さがわかりにくいよ、ハルキさん。
オパビニア。5つの目に飛び出たノズル(口じゃない)。ノズル、くっきり見える!
アノマロカリス、満を持して登場。真ん中のは「エディアカラ紀・カンブリア紀の生物」のジャケットに使われてたやつだね!ワーオ!!
エディアカラ紀・カンブリア紀の生物 (生物ミステリー (生物ミステリープロ))
- 作者: 土屋健,群馬県立自然史博物館
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2013/11/12
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口だけ化石も。これじゃ不細工です代のキスマークだ。
主役だから復元模型もアルヨ!
ぬいぐるみもアルヨ!(買っちゃったヨ!)
チェンジャン産のもいっぱい来てました。
バージェス以降の見どころは、ダイジェストにて。
ウミサソリ。史上最大級の節足動物。人間よりでかいサソリとかひくわー
ダンクルオステウスに喰われそうなウミサソリの模型。ダンクル、でかすぎ。
ジュラマイア。胎盤をはじめて獲得した哺乳類の祖。
ダーウィニウス・マシラエ、愛称「イーダ」。
嘘みたいな完璧さだが、レプリカでなく実物化石。奇跡的な美しさで、さすがに震えた。
おまけ。番組でガッキーが作ってた盆栽もありました。
てゆうかガッキーかわいいよね。
虫の写真、2015夏
つうわけで、Canon EOS kiss X4を使った虫撮影の成果。去年はCanon EOS 6D使ってたんだけど、ダウングレードした方がよく撮れるってむかつくなぁ。
レンズはCanon EF100mm F2.8L マクロ。
ハキリバチ。細かい分類はわかんない。
ジガバチは今日もグラマー。
ジガバチとベニシジミがお見合い。このあとは、何事もなくすれ違った。
オオモンツチバチ。花に夢中で撮りやすいヤツ。
クロアナバチ。動きが速くてやや寄り足りない。
絶対強者、シオヤアブ。
絶対強者2、アオメアブ。超寄れた。
知らないハチかと思って意気込んで撮ったが、触角と口がどうもハチと違う。ハチモドキハナアブの類と思われる。見事にだまされた。
ミドリギンバエ。ハチ待ち時の手遊びで撮っただけだが、意外にも複眼の美しさが目を惹く。
改めてベニシジミ。書き割りのような立ち姿。
ショリョウバッタ、若くして人生最大のピンチ!
旅先にて、愛車に見覚えのない鮮やかな色。ベニカミキリである。
高倍率で撮影したいとき、APS-Cとフルサイズのどちらを選ぶかという話
一眼カメラの話。
デジカメでは、センサー(撮像素子)サイズが小さいほど写真に被写体が大きく映るんだけど、これを高倍率と呼んでいいかは議論の的。こんなことが起こる原因は、大きなセンサーがより広い面積を捉えるせいだ。言葉で言っても分かりにくいので、フルサイズ(でかい)とAPS-Cサイズ(やや小さい)を例に、下に図解。
つまり、光学的にはAPS-Cサイズ(センサー小さい)の写真は、フルサイズ(センサー大きい)の写真をトリミング拡大したにすぎない。じゃあフルサイズで撮っといて後加工したらいいんかっつぅと、そうでもないってのが今日のお話。
トリミング拡大すると画素数が落ちるんですな、当然ながら。ただその落ち方が、想像するよりだいぶキツイ。我が家にある、APS-CサイズのCanon EOS kiss X4と、フルサイズのCanon EOS 6Dを例にとってみますと。
kiss X4(APS-Cサイズ)のスペックは
センサーサイズ: 22.3×14.9=332.3mm2
画素数: 5,184×3,456=17,915,904 (約1800万画素)
対する6D(フルサイズ)のスペックは
センサーサイズ: 35.8×23.9=855.6mm2
画素数: 5,472×3,648=19,961,856 (約2000万画素)
6D(フルサイズ)の方が元々の画素数は大きいんだけど、X4(APS-C)並みの画角になるようトリミングすると、残る画素数は、
19,961,856×(332.3/855.6)=7,752,653
と、たった800万弱になってしまう。X4(APS-C)の半分以下だ。細かい機能で6D(フルサイズ)が優れてるにしろこれだけ画素数が違うのは決定的なので、大きく撮りたい用途なら最初からX4(APS-C)を使った方がいい。6D(フルサイズ)の方が大幅に高価なんで悔しいが、これが現実。あと、X4の方がちっさくて軽いし。
あぁ、この違いを吹っ飛ばせるくらいの大砲レンズを買うなら、話は別ですよ。画質面ではそればベストだ、重いし何よりお高いけど。それができる人はそうして下さい。
漫画「H2」 ラストの解釈について
今更かつ唐突な話題ー
あだち充代表作のひとつ、「H2」について。
H2(エイチ・ツー) 全34巻完結(少年サンデーコミックス) [マーケットプレイス コミックセット]
- 作者: あだち充
- 出版社/メーカー: 小学館
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この漫画、終盤は説明が極端に省かれているのでけっこう読解力を要求されます。ネットのブログレベルでは解釈について意見が割れてるので、決定版(俺なりの)を記しておこうと思い立った。ここまで解説するのはちょいと無粋ですがね。
33巻から始まるラストバトル・千川vs明和一戦は、一見ひかりを賭けて比呂&英雄が争っているような構図だが、これはミスディレクション。ひかりが英雄を選び、比呂が古賀ちゃんを選ぶことが、試合前に既に決定している。試合は比呂とひかりが気持ちに整理を付ける儀式のようなもので、しかも、整理がつくのは比呂が勝ったときだ。ただひとり英雄だけが、勝者がひかりを得ると思っている。
比呂とひかりの真意を伏せたまま試合が進行して、最終話で開示するのがどんでん返しになる、っつー構造だ。
これを信用してもらうためにまずは、比呂が古賀ちゃんを選ぶつもりである証拠として、以下2つのシーンを確認してください。
26巻
168p 比呂「I love you ちがうか?発音。」→古賀ちゃん「ううん。十分通じるよ。」
照れ隠しのおまけがついてるが、あだち作品らしからぬ強い言葉を発する比呂。十分コクってる。
31巻
166p 比呂「古賀。長生き ― しろよな。」
ひかり父の発言「長生きする嫁さんをもらえよ。」を受けて、比呂が古賀ちゃんに発する言葉。もはやプロポーズ。
あだちマンガの主人公が、ここまで言っといて翻意するのはナシですわ。あとはこのセンで、33巻以降の主な意味深描写を咀嚼してゆきましょう。この方針で全部まるっと余さず説明付きますから。
33巻
36-37p ひかり→比呂「がんばれ 負けるな。」
口先だけでいいからと応援をせがむ比呂、本当に口先でしか言えないひかり。ひかりが英雄を選ぶことを悟る比呂は、無理に言わせたことを謝る。ここは特に多義的で意味を読みがたいですが、あとで古賀ちゃんに同じ言葉を言ってもらうくだりと併せれば、こういうことかと。
75p 比呂→野田&英雄「おれはひかりのことが大好きなんだぜ。」
野田は口を滑らせたことを気にしてて、比呂がわざと負けることを心配してる。そんな野田を安心させるために比呂が言う。ただ、嘘ではない。ついでに英雄に聞かせて、真剣勝負を煽っている。額面通りに取ると他の読み方が全部変わってしまうが、これは読者へのミスリード。
98-108p 比呂VS英雄の第一打席
高速スライダーによる三振、振り逃げ。比呂の勝ち。
意外にもストレートオンリーの真っ向勝負を避けたことに、割に合わないからと言い訳する比呂だが、らしくない。
151-152p 英雄「わかってねぇな。まだ明和一の本当の打線の力が。」→比呂「わかってねえのは ― お前だよ」
英雄は野球の話をしてるが、答えた比呂は二人の勝負にひかりを賭けた英雄の行動について言っている。最終話の英雄の言葉「おれは・・・何もわかってなかったのか・・・」にかかる。
164-170p 第二打席
意表をついたスローボール×3、三振。比呂の勝ち。
時間稼ぎして、走りつかれた比呂を気遣う英雄。しかし、比呂は容赦なく裏をかき、徹底的に勝ちにこだわっていることを明示する。
187-188p 「いつもの国見じゃねえな。楽しんでねえんだよ、あの野球大好き少年が ― な。」明和一の監督独白
比呂はいつになく試合に勝とうとしている。なぜ勝ちたいのか・・・それが問題だ。
34巻(最終巻)
18-19p 古賀ちゃん→比呂「がんばれ。負けるな。」
疲れるわきゃないと言いつつ疲れてる比呂。いつもより疲れる理由は、ひかりの応援がなかったからだ。奇しくも同じ言葉で古賀ちゃんの応援を得たことで、比呂は持ち直す。
48-58p 第三打席
比呂は変化球中心の配球、英雄は敢えてストレートコースを空振りして真っ向勝負を要求するも、比呂はダンコ拒否。結果は長打コースの当たりだが比呂の超反射でアウトとなり、形式は比呂の勝ちだが、英雄は比呂を捉え始めている。
60p 雨宮おじさん独白「悪役に回ってるなァ、今日の比呂くんは。」
勝ちにこだわる比呂を、ひかりが欲しいからじゃないかのように評する。このへんから作者は真相を示唆し始める。
71p 野田「よかったな。もう一度英雄と勝負できるぜ。」→比呂「負けたら身を引くつもりだぜ、あいつ。」→野田「それがわかってるならいい・・・」
まだ気にしてる野田と、次も勝負に徹することを示唆する比呂。野田は、比呂が真っ向勝負でわざと負けることは望んでないが、勝負に徹する比呂をらしくないとも思っている。
74p 比呂「あまりおれを信用するなよ。」→野田「まかせるよ、おまえに―」
比呂は次も勝負に徹するかを決め兼ねている。野田は選択を比呂にゆだねる。
107p 明和一の監督「損得勘定で動けるような本能は、本物じゃねえやな。」
これは比呂の最後の球種選びに関わる伏線。
111p ひかり「やっぱり・・・想像できないなァ、負けたヒデちゃんは・・・」
表面的には英雄が勝つことを期待している言葉のようだが、後に開示されることには、ひかりは英雄が負けるのを待っている。英雄と比呂との関係を整理するために。どちらの意味にもとれる、あだち流言葉選びの冴え。
115p 比呂「なれよな、スチュワーデス。絶対―」
古賀ちゃんのスチュワーデスの夢は比呂の大リーグ行きとつながっている。比呂からこれに言及するのは、実質の告白。最終イニング前、勝負の決着がつく前に言うことに意味がある。
117-118p 野田「本当に好きなんだな?ひかりちゃんのこと。」→比呂「ああ。」→野田「がんばれ。」
比呂がひかりを好きなのはやっぱり事実。野田の声援は、比呂がひかりを勝ち取ることか、諦めることか、どっちに向けたのか・・・
142- 第四打席
2対0のリードで2アウト、ホームランを打たれてもいい場面での第4ラウンド、ついにストレートで攻める比呂、捉えた英雄の打球は実質ホームランだが、不自然な風がファールにする。本来の野球の実力勝負はここで決着している。つまり、英雄の勝ち。ホームランボールを押し出した風は、誰かが意図したかのよう。ときおり言及された、野球の神様、あるいは運命ってやつの仕業なのかも。
比呂「ちくしょう・・・どうしても俺に勝てって・・・か。」
打ちとらないとひかりとの関係が清算できない比呂には、打たれたことを喜ぶ気持ちもあった。その誰かさんに毒づく。
最後の一球、比呂の選択肢は以下の3つ。
①ストレート → 真っ向勝負を継続、今度はいよいよホームラン。
②スライダー → 真っ向勝負から逃げる、打ち取れるかもしれない。
③他の変化球 → 第三打席で見切り済み、どうせホームラン。
勝たねばならないこの場面、比呂はスライダーを選ぶ。あとで野田が言う「スライダーのサインだったぞ?」はロジンバッグを三回投げる仕草を指してると思われる。
スライダーを確かに選んだはずだが、実際に投げたのはストレート。損得勘定を越えた本能ってやつの仕業か。
そして、打たれるはずのストレートだが、英雄のバットは空を切る。
比呂「あんな球・・・二度と投げられねえよ。」→野田「投げさせられたんだよ。だれかに・・・な。」
比呂の勝利を要求する誰かさん(=野球の神様的なもの)が実力以上の球を投げさせたのだろう。地力で勝るはずの英雄は敗れ、比呂の狙いは完遂された。
175-176p これが種明かしにあたる重要なページ。
ひかり「いつも鍵を閉めてるものね。ヒデちゃんのその部分にわたしの居場所があるんだって。-だから、なるべくドアは開けておくようにって。」→英雄「比呂がそういったのか?」
次にひかりの「ううん」が来るが、これは英雄の問いには答えていない。上のひかりの言葉が伝聞形なのは、やはりそれを比呂が言ったからだ。
英雄が負けた時にこそ英雄にはひかりが必要。英雄とひかりの関係が確立されるには、英雄が負ける必要がある。また負かす役を比呂が演じることで、比呂とひかりの関係は終わることができる。だから、比呂は英雄に勝たねばならなかった。
言ったタイミングは、試合前日の「がんばれ、負けるな」の後でしょうな。こんな会話を試合前日にしてたってことは、比呂とひかりが二人の関係をきっちり終わらせることに合意してたってこと。
ひかり「比呂はヒデちゃんを三振に奪っただけよ。」
元々ひかりの行方は野球の勝敗に関わって無かった、どっちが勝とうがひかりは英雄を選んだってことを説明する言葉。この言葉の前に英雄は、比呂が勝つことでひかりを譲ったのかと邪推していて、ひかりの「ううん」はそれを否定している。なお、三振にできなければ比呂とひかりの関係が清算できなかったわけで、少し嘘。
179-180p すべてを理解し、なるべき形に収まるふたり。
英雄「おれは・・・何もわかってなかったのか・・・」
これは前述のとおり、比呂の「わかってねえのは ― お前だよ」を受けてのこと。
185p 比呂「ちょいと大リーグまで - かな。」→古賀ちゃん「じゃ、スチュワーデスはわたしだ。」
こちらの二人も、然るべくなっている様子。比呂と古賀ちゃんが同じ夢を追うことを確認しあっている。
めでたしめでたしとっぴんぱらりのぷう。
風立ちぬ雑感
こないだTV初放送された風立ちぬでひとこと。高原の休暇で、ヨメとにわか雨に降られるシーン、これ気象的にすごく正確なのだ。
・夏の高地は急激な上昇気流が起きやすく、積乱雲を形成することが多い。
・積乱雲の下は強い雨と風。カミナリを伴う。
・積乱雲は局所的なので、雲の下から抜ければ急に晴れる。
・積乱雲の周辺など、太陽を背に雨を見る時は、虹を見るチャンス。
風は作品に関わるモチーフなので総じて描写が丁寧だが、虹を見るまでの経緯にこれほど整合性を持たせているとは。
このじいさんがため込んでる知識は膨大だ。知識に裏打ちされた描写は、隅々まで意図を秘めている。きっと現実と違う事を描くときは、演出効果の計算があって自覚的にそうするのだろう。
このじいさんの描く世界に、テキトーで済まされたものはない。
読書録18:「太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで」 イアン・トール
アメリカ人の書いた、太平洋戦争の序盤戦の戦史。太平洋戦争についてテレビで語られることって、「怖いものだった」「二度とやってはいけない」の切り口ばっかり。それはそれで凄く大事なんだけど、実際のところがどんなだったのかは、積極的に知ろうとしないと良くわからない。日本が勝っていた序盤は特にそう。著者がアメリカ人なのも、中立の視点を探しやすくてイイ。
上巻は勝ってた時代の話。何度も言うが、最初は勝ってたのだ。マジで。勝てた要因は、平和に暮らしてたアメリカとずっと戦争してた日本の組織効率の違いであり、航空機爆撃の有効性を見出した山本五十六の戦略眼であり、ゼロ戦の驚異的な航続距離と戦闘能力であり、、、などなど。アメリカ側から見れば、それは確かに脅威と呼ぶべきものだった模様。
下巻は、勝ってた日本軍がミッドウェイ海戦でボロ負けするまでの話。ミッドウェイは負けるべくして負けたとよく言うが。この本読むと、案外日本の勝ち目もあったみたい。引き分けくらいにはできたというか。いろんな局面の勝率4割くらいのカケで、片っ端からハズレを引いたって感じ。アメリカ側の準備がイチイチ日本を上回ってはいたけど。よくもまぁ全部負けを引いたもんだ。勝負事は微妙なことで大きな差がついてしまうものであるなぁ。
なおこの本の範囲を越えるが、ミッドウェイ以降は国力の地力が出て、アメリカンな桁違いの物量の前に手も足も出なかったそうな。山本五十六が当初示唆した、「勝てるのは最初だけだから勝ってる内にとっとと講和交渉する」戦略は完璧に的を射ていたわけですな。勝ってる時に引き際を判断する難しさよ。